グラース(香料の町)の歴史

グラースを彩る香料植物

すでに見てきたようにグラースは天然香料の世界的なカレフール(十字路)としての役割を今日でも果たしている。それは、現在まで培われ集積された精油工業の知識と社術に支えられているからである。世界で採集された香料やその原料は、まずグラースに入り、ここから天然香料として装いを新たにして世界の市場へと出ていく。

香料として使われる花々

まず、グラースおよびその近郊で栽培されたり、野生している香料植物を見ると、花のカレンダーができ上がる。これを見るとグラースには、年中花の絶えることがないのがわかる。

〔参考①〕

香料として用いられ、かつフランス以外の国に野生または栽培されている花。

  • カッシイ(エジプト)
  • イランイラン(コモロ、マダガスカル)
  • 金木犀(中国)
  • カモミルローマン(ベルギー、イタリア、フランス、モロッコ)
  • カモミルブルー(エジプト、ハンガリー)
  • マグノリア(中国)

〔参考②〕

実際に香料を取り出し、実用化の段階にはまだなっていないが、研究対象として大切な花。

  • スズラン(Lily of the vaHey、 Muguet)
  • ライラック(Lhc、Lilas)
  • ガーデニア(Gardenia)
  • ヘリオトロープ(Heliotrope)

グラース近郊に野生、または栽培されている他の香料植物

  • タイム(立春香草)(Thyme)全草
  • タラゴン(Tarragon)全草
  • パジル(BaSil)全草
  • キャロット(Carrot)種子
  • サイプレス(Cypress)枝葉
  • ローレル(Laurel)葉
  • ヒソップ(Hyssop)全草
  • ロベージ(Lovage)根
  • パセリ(Parsley)種子と葉
  • プチグレン(Petitgrain)葉
  • セロリ(Celery)種子
  • カシス(Black Currant)芽
  • ペパーミント(Peppermint)全草
  • スイートフェンネル(Sweet Fennel)果実
  • マジョラム(Majoram)葉および花頂部
  • アルムワーズ(Armoise)全草
  • トリーモス(Treemoss)苔
  • アングリカ(Angelica)種子、根
  •  セージ・オフィキナル(Sage officinale)葉
  • シスト(Ciste)枝葉
  • オリガナム(Origanum)花部
  • ビターフェンネル(Bitter Fennel)果実
  • バレリアン(valerian)根茎
  • コリアンダーぐCoriander)果実
  • フェニグリーク(Fenugreek)種子
  • セルポレ(SerPojet)全草―Wild Thyme という
  • サフラン(Samon)花
  • カモミル・ローマン(Chamomije Romain)花
  • セイボリーぐSavory)花期の全草
  • ディル(Din)全草または種子
  • ナツシロギク((仏)Matricajre)花
  • ダイダイ(Bigaradier)花、枝葉
  • ローズセンテッドゼラニウム(Rose-scented geranium)全草
  • アニス(Anise)果実
  • サントリナ((仏)Santoline)葉

世界各地からグラースに集まってくる香料原料素材

柑橘系の香料

  • ベルガモット(イタリア、アフリカ)果皮
  • オレンジ(ブラジル、アメリカ、イスラエル、イタリア)果皮
  • レモン(アメリカ、イタリア、アルゼンチン、ブラジル、コート・ジボアール)果皮
  • ライム(メキシコ、ペルー、ブラジル)果皮
  • グレープフルーツ(ブラジル、アメリカ)果皮
  • マンダリン(イタリア、中国)果皮
  •  スパイス系の香料
  • ペパー(インド、スリランカ)実
  • クローブ(マダガスカル、インドネシア、タンザニア)種子、葉、茎
  • ナツメグ(インドネシア)種子
  • メース(インドネシア)仮種皮
  • シンナモン・セイロン(スリランカ)樹皮
  • カシア(中国)樹皮、枝葉
  • キャラウェイ(オランダ、ポーランド、ソ連)種子
  • カルダモン(スリランカ、インド、グアテマラ)種子
  • コリアンダー(旧ソ連、ヨーロッパ)種子
  • クミン(スペイン、エジプト)種子
  • ジンジャー(中国、インド、アメリカ)根茎

木(Wood)のような香りの系統の香料

  • 白檀(サンダルウッド)(インドネシア、インド)心材
  • ベチパー(ハイチ、インドネシア、中国)根
  • シダーウッド(アメリカ)心材
  • パチュリ(インドネシア、中国)葉
  • オークモス(ユーゴ、スロバキア、モロッコ)苔
  • 東洋的(オリエンタル)な香りの系統の香料
  • 乳香(オリパナム)(ソマリランド)樹脂
  • 没薬(ミルー)(ソマリランド)樹脂
  • ベンゾイン(インドシナ)浸出液
  • ペルーバルサム(エルサルバドル)バルサム
  • トルーバルサム(ブラジル、コロンビア)バルサム
  • オポポナックス(ソマリランド)浸出液
  • スチラックス(小アジア、ホンジュラス)バルサム

グリーンな香りの系統の香料

  • ガルパナム(イラン、トルコ、レバノン)樹脂

清爽感のある匂いの香料

  • ペパーミント(アメリカ、ブラジル)全草
  • スペアミント(アメリカ、中国)全草

フローラルな匂いの香料

  • オリス(イタリアのフローレンス地方)根茎
  • ボアドローズ(ブラジル)心材
  • 芳樟(台湾)葉
  • ローズ(モロッコ、トルコ、ブルガリア)花
  • ゼラニウム(ブルボン、中国)全草
  • ジャスミン(エジプト)花
  • ラベンダー、ラパンジン(フランス)花
  • イランイラン(コモロ、マダガスカル)花

動物界からの香料

  • アンパーグリスー龍挺香(インド、アフリカ、日本などの海上)
  • シベット―宣猫香(エチオピア)
  • カストリウム一海狸香(カナダ、シベリア)
  • ムスクー磨香(ネパール)

グラースにおける香料界の現状

香料のメッカとして栄えたグラースは、その面影をわずかにとどめるほどに現在はその姿を変えつつある。それはM&Aの波が、まぎれもなくここグラースこも押し寄せ、特にグラース香料産業の柱であった精油産業が根本的に崩れかかっているためであろう。香料事業も営利を目的とする産業である以上、当然ながらあまり利益の上がらない精油産業を手放したり、縮小したりする傾向が顕著である。例えばフランス石油(セルフアキテンヌ)傘下のサノフィ社は、アントワン・シリス社、トンパレル…フレール社、J.メロ社、ルネ・ソルド社、セパルセ社を統合して一一躍大会社になったが、薬品事業の部門で投資買収の結果(コダック社傘下のスターリング社)、資金繰りに困り、精油部門を売りに出している。また、フランス最大の香料メーカーであったルール社(現:ジボダンリレール社)はグラースの工場を1994年12月をもって閉鎖して売りに出七、ビオランド社が購入した。さらに、グラース市西方40 kmの小さな村セイアン(SeiHans)にあるピエール・ショーヅエ社の株を所有していたビック社は、ピック社長死去(1994年)に伴い、その全部(34%)をフリレメニッヒ社が譲り受けた。フィルメニッヒ社がフレーバー部門に積極的に乗りだそうとしている布石と見ている人もいたが、1998年カルター社が買収した。

こうした合併買収制の中で、V.マン・フィス社、シャラボー社、ロベルテ社の各社はフアミリーカンパニーでありながら好成績の部類に入る。なかでもV.マン・フィス社の業績の伸長はめざましい。また、調合香料に強い会社、例えばフロラシンス(現ハーマン&ライマー=フロラシンスS.A.社)も好調である。こうした傾向を反映して、調合香料だけで会社を起こし、少人数ながらそれなりに成績を挙げている会社がグラースに14~15社はあるというのは新しい傾向として注目される。例えば、エクスプレシオン・パルフユメ
(Expressions Parfum6es)社、アロマフラール(Aromaneur)社などである。

かつて、グラースの町で「煙突のあるところ、すべて香料会社」といわれた のは遠い昔のことになってしまった。はとんどの会社は町を離れてル・プラン・ド・グラース(Le Plan de Grasse)地区に移転し、最後に残ったシャラボー社も1999年末より上記地区に移転を開始する。窓をあければパラやジャスミンの芳香が漂って…といった叙情豊かな香りの町は見る影もない。

香料植物の採取についても、パラやスミレはまずまずとして、ジャスミンは極端に少なく、チュベローズは消滅寸前である。オレンジフラワー、ネロリなどは完全に姿を消した。しかし、プロバンスではラベンダー、ラパンジン、エストラゴン、ペパーミント、セージクラリー、ヒソップ、タイムなど、まだ健在の植物もあるのは救いである。

長い歴史的な伝統に培われた香料植物栽培のノウハウ、そしてその抽出の技術は貴重であり、世界に誇るフランスの宝である。こうした財産を簡単に放棄してはならないし、それを保持し続けることが、今や合成香料主導の世界になったとはいえ、フランス香料界に課せられた重要な使命といえよう。 


花の町グラースの歴史

香料のメッカといわれるグラース(Grasse)市は、南フランスのニース、カンメに程近い、気候風土に恵まれた景勝の地にあり、その名の香料史への登場は16世紀にさかのぼる。

もともとグラースは、皮なめし液に用いた植物が芳香をもっていたことから、皮革産業が盛んだった。フィレンツェのカトリーヌ・ド・メディチがパリヘの旅中この地に寄り、グラースの風土が香料植物の栽培に最適との祈り紙をつけ、徒者をこの地に残して研究させたのが、香料に関わり始めた最初と伝えられている。まず、ビターオレンジが栽培され、ジャスミン、ニオイスミレ、黄水仙、ナルシサス、ヒヤシンス、チュベローズと種類が広がっていき、ペルペナやゼラニウムの花も栽培された。

最初の採油法は、60℃に温めた牛豚脂に花を浸透させてつくる「温浸法/ホット・マセレーション」で、19世紀末まで続けられた。この間、極めてデリケートなジャスミンやチュペローズの花には、熱をかけない「冷浸法/アンフルラージュ(enneurage)」法で行われた。

野生しているラベンダー、スパイクラペンダー、ローズマリー、タイム、ミントやセージに対しては蒸留法(diStiHation)が用いられた。この方法も漸次改良されていく。

1864年、フランス国有鉄道がこの地に間通する。

1880~90年にかけて、香料史上画期的な「有機溶剤による抽出法」が発 明される。アブソリュート(花精油)の誕生である。この
方法は、既知のパラやジャスミンばかりではなく、オークモス、ヘイ、カーネーション、ミモザ、スイカズラやエニシダにも用いられた。花の栽培はグラース周辺ばかりでなくプロバンス地方におよび、ラベンダーや1920年にはラパンジンの栽培へと広がっている。こうしてラパンジン油の生産が始まり、天然香料から単離した合成香料も製造された。しかし、第2次世界戦争が終了してみると、世界各地でグラースのお株を奪うような香料植物の栽培が行われていたり、新しい合成香料がコスト高の天然香料に対抗してきた。

1920年代にはコニャック油、タジェット油、カストリウム製品、オポポナックス油が市場に登場した。人口も増加していたが、第2次世界大戦を契機に打撃を受ける。グラースには、1866年には65の工場があったと記録されているが、世界的な経済の大波に翻弄され、香料会社もM&A(合併・買収)が行われ、今では10数社となり、社時の繁栄が夢のようにさえ思われる。しかし、何世紀もの問にわたって培われた香料事業、特に精油:E業の知識と社術力は、人類の貴重な財産であり、宝である。

花の町グラースを訪れて、少なくなったとはいえジャスミンやローズなどの花々や野生する香料植物を目の当たりにし、木陰で一服でもしていると、人生至福の時を感しる。今日ですら、それはど恵まれた環境にある。偉大なパーフューマーの輩出もこんなグラースの伝統が、背景にあるからだろう。


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